
野球界で最もユニークなポジションのストーリー
アメリカン・リーグで指名打者(Designated Hitter / DH)制度が導入されたのは1973年のこと。そしてその翌年、1974年のToppsカードにおいて、これまで守備位置が記されていた欄に**“DH”**と初めて記載される選手が現れました。この年、オーランド・セペダ(Orlando Cepeda)、トニー・オリバ(Tony Oliva)、ゲーツ・ブラウン(Gates Brown)といった選手たちが、「DH」表記のみのカードで登場しています。
さらに興味深いのは、Topps社が一部の選手に対して、守備とDHの併記(コンボ表記)を採用した点です。たとえば、
- ハーモン・キルブリュー(Harmon Killebrew)
- ロン・ブロムバーグ(Ron Blomberg)
といった選手たちは、カード上で「1B-DH(ファースト・DH)」や「DH-1B」のように記載されており、ポジションの新しい役割が、当時どのように捉えられていたかを物語っています。
守備用のグラブもなければ、守備本能も不要。言い訳もない。ただただ打つだけ。
バットこそが唯一の武器であり、任された役割は明確――
打つ、また打つ、そして強く打つ。
このようにして、まったく新しいタイプの選手像が生まれたのです。伝統を重んじる一部の“純粋主義者”たちが時折その存在に異を唱えるものの、
もはや指名打者というポジションは、野球界にしっかりと根付いた役割となっています。
以下で紹介するカードは、まさにその打撃のスペシャリスト=DH(指名打者)たちに敬意を表した一枚たちです。
これらのカードには、選手の表面または裏面に公式に「DH」表記がされており、その役割を明確に刻んでいます。野球の世界でも、そしてホビー(収集)の世界でも、「ポジション」は重要な意味を持つ――このことを体現しているのが、これらのカードなのです。
1997 Topps Baseball #95 エドガー・マルティネス
指名打者(DH)という存在を語るときに、エドガー・マルティネスの名を外すことはできません。
おそらく彼こそが、“純粋な指名打者”として初めて殿堂入りを果たした選手だと言えるでしょう。しかもその道のりは、ただの記録だけではなく洗練されたスタイルに満ちていました。
- 通算打率:.312
- 出塁率:.418
- そして何より、芸術的とも称されるスイング
彼の存在が、DHというポジションに初めて“名誉”と“美しさ”を与えたと言っても過言ではありません。

初期のカードでは三塁手(Third Baseman)として記載されていたエドガー・マルティネス。しかし、1997年のToppsカードでは、ついにその肩書きが正式に改められます――“Designated Hitter(指名打者)”として。その年のToppsセットの特徴であるフェードフレームデザインは、スイングの真っ只中で打球を見送るエドガーの姿を際立たせ、彼の集中力と美しいフォームを際立たせています。このカードは、まさに彼自身のように気品ある一枚。だが、コレクターは知っています――このカードこそが、静かに、しかし確かに彼の“本当の居場所”を野球史に刻んだ一枚であることを。
2010 Topps Chrome® Baseball #128 デビッド・オルティスX-フラクター
ビッグ・パピ(デビッド・オルティーズ)は、まさに指名打者という役割のために存在する選手だった。
そしてレッドソックスというチームも、ビッグ・パピのためにあったと言っても過言ではない。彼は、ポストシーズンの重圧を“自分の舞台”に変えてしまう男だった。2003年から2016年にかけて、彼はほとんどグラブを手に取ることなく、「フランチャイズの象徴」とは何かという定義を、自らのバットで塗り替えていった。
2010 Topps Chrome #128 X-Fractor|デビッド・オルティーズ
派手で存在感たっぷり、でもまだ入手可能。
そんな絶妙なバランスを持つオルティーズの1枚が、2010 Topps Chrome #128 X-Fractorです。カード上では正式に“DH(指名打者)”として表記されており、写っているのは、まさに彼のパワーヒッターとしての絶頂期。スイングの鋭さと爆発的なエネルギーが、クロームの煌めきとX-Fractor特有の格子模様によって、より鮮やかに映し出されています。DHテーマでラインアップを組むなら、絶対に外せない定番の1枚。コレクションの軸としても、初めてのDHテーマカードとしてもおすすめです。
1993 Topps Gold Baseball #380 ハロルド・ベインズ
ハロルド・ベインズは、現代型指名打者(DH)の原型ともいえる存在。
決して派手に目立つタイプではなかったが、黙々とラインドライブを打ち続ける“静かなスラッガー”だった。彼の殿堂入り(Hall of Fame選出)には賛否が分かれたが、その長きにわたるキャリアこそが最大の証明だったとも言える。なんと、彼が指名打者として出場した試合数は約1,700試合。これはデビッド・オルティーズを除けば歴代最多であり、まさに“DHとして野球人生を全うした”パイオニアであることに疑いの余地はない。

1993 Topps Gold #380|ハロルド・ベインズ(DH-OF)
このカードは、オークランド・アスレチックス在籍時代の一枚。
派手な演出はありません。ただ、いつものベインズがそこにいる――打席に立ち、静かに、しかし確かな集中で打つ準備をしている姿。表記は「DH-OF(指名打者・外野手)」となっていますが、この頃の彼に与えられていた最大の使命は“打つこと”でした。
守備位置ではなく、打撃こそが彼の“居場所”だったのです。このカードは、そんなベインズらしさをそのまま封じ込めた一枚。
シンプルでありながら、DHというポジションが「キャリアの帰る場所」になり得るということを物語っています。
2006 Topps Chrome Black Baseball #94 フランク・トーマスRefractor
“The Big Hurt(ザ・ビッグ・ハート)”――フランク・トーマスは、おそらく40代まで一塁手としてプレーし続けることもできたはずです。しかし、指名打者(DH)の枠が開かれたそのとき、彼はためらうことなくそこへ移り、最も危険なDHの一人となったのです。通算521本塁打のうち、260本以上はDHとしての出場時に記録されたものであり、彼が打撃という一点に集中することで、いかに破壊的なパフォーマンスを発揮したかがよくわかります。DHというポジションは、守備を放棄する代わりに、バットひとつで勝負する覚悟の場。トーマスはその舞台に立つことで、まさに“打者としての怪物”というイメージを完全に定着させました。
このカードでは、フランク・トーマスのポジションが“Designated Hitter(指名打者)”と記載されており、彼がキャリアの最終章へと移行しつつあった時期を象徴する一枚となっています。その後、彼はアスレチックス(A’s)やブルージェイズで再び輝きを放ち、「守備ではなくバットこそが自分の真の武器である」ことを証明しました。
そして何より――“The Big Hurt”のパワーは、最後まで衰えることがなかった。このカードの存在感と輝きが、それを雄弁に物語っています。
2010 Topps Chrome Baseball #61 松井秀喜
「“ゴジラ”がヤンキー・スタジアムに現れた──
松井秀喜、DHとして栄光をつかむまで
“ゴジラ”こと松井秀喜は、日本で築いた伝説を背負ってブロンクスにやってきた。
そしてその期待に、見事に応えてみせた。スムーズな左打ちのスイング、卓越したタイミング感覚、勝負強さ。
それらすべてが噛み合い、彼は長年にわたってヤンキース打線の中核を担う存在となった。そして迎えた2009年、彼は主に指名打者(DH)として起用されるようになっていた。そのタイミングで、まさに運命を引き寄せたかのように――ワールドシリーズMVPを獲得。松井は、自らのバットで“DHの価値”を証明してみせた。
松井秀喜がカード上で初めて「Designated Hitter(指名打者)」と表記されたのは、実はヤンキース時代ではなく、エンゼルスに移籍した後の2010 Topps Chrome #61 です。このカードは横向きレイアウトが採用されており、彼の特徴的な左打ちのスイングを印象的に捉えた一枚として人気があります。派手さはないかもしれませんが、DHとして確かな存在感を放った松井の“次章”を象徴するカードとして、ファンやコレクターにとって見逃せないアイテムです。
1996 Topps Baseball #30 ポール・モリター
ポール・モリターは、殿堂入りキャリアの後半を“打撃職人”として重ねながら、年齢の壁を軽々と飛び越えていった。指名打者(DH)として出場した試合数は1,100試合以上にのぼりながらも、通算で500盗塁超えを記録した稀有な存在。巧打と俊足を兼ね備えた、最も多才な指名打者のひとりといっても過言ではありません。単なるパワーヒッターではなく、チームの流れを作れるスピードとコンタクト能力を武器に、モリターは“DH=鈍足の大砲”という固定観念を覆した存在でした。
このカードでは、ポール・モリターのポジションが正式に「DH(指名打者)」と表記されており、舞台はトロント・ブルージェイズ在籍時代。一見すると、カードの印象は**穏やかで落ち着いた“キャリア晩年の空気感”**が漂っています。派手さやインパクトに欠けると感じるかもしれません。しかし――その静けさに騙されてはいけません。この時期のモリターも、打席に立てば依然として投手に“代償”を払わせていたのです。カードが語るのは、派手ではないが確実に結果を残すベテランの凄み。まさに、“打撃に人生を捧げた男”モリターを象徴する1枚です。
2025 Topps Baseball Series 1 #ATT-3 大谷翔平
ナショナル・リーグが2022年に正式に指名打者(Designated Hitter/DH)制度を採用したことで、「投手が打席に立つ」という伝統は事実上の終焉を迎えました。しかし、この変更は単なるルール改正にとどまりませんでした。それは、大谷翔平のような選手が“DHの在り方”を根本から再定義する扉を開いた瞬間でもあったのです。「二刀流のスーパースター」として知られる大谷ですが、2024年時点では、その起用法は大きく“打撃中心”にシフト。
実質的に、「DH」が彼の毎日の肩書きとなっていました。この変化は、DHというポジションが「守備の負担を減らす枠」から、「攻撃の才能を最大化する場」へと進化した証でもあります。

大谷翔平の役割が“打撃専念”へと進化する過程を、Toppsは見事にカード上で表現しました。その代表格が、
2025 Series 1 All Topps Teamカード「#ATT-3」。このカードでは、ポジションが「DH」と明記され、シャープなラインと洗練された角度、そして完璧なスイングが“発射直前”で静止した瞬間が切り取られています。まさに、現代のクロスオーバースターである大谷にふさわしい、クールかつ力強いデザインです。さらに注目したいのが、 2025 Topps Holo Foil「#1」。こちらも、光の反射と高精細な仕上げが特徴で、大谷の存在感を一層引き立てる仕上がりとなっています。コレクターなら、ぜひ細部までじっくりと見てほしい一枚です。
DH(指名打者)は、もはやベテランのためだけのポジションではない。時には、それは“地球上でもっともエキサイティングな選手”のための場所なのだ。
「打つこと」に特化した男たち──ホビーに見るDHの魅力
指名打者(DH)というポジションは、もともと“実験的な試み”として始まった。だが今では、それはひとつの“レガシー(遺産)”として確立された存在だ。エドガー・マルティネス、デビッド・オルティーズといった選手にとって、DHは単なるルール上の抜け道ではなく、“自分を証明する舞台”だった。彼らはその枠の中で、バットひとつで殿堂入りに値するキャリアを築き上げた。ルールブックの一行が、やがて名誉の称号へとつながる物語を生み出したのだ。
Toppsは、その“物語の語り方”を知っていた。カードに「DH」と表記すること――それは、ある種の“勲章”のようなものだ。そこに名前を刻まれた選手たちは、グラブを使わずに打線に名を連ね、そしてコレクターの心にも刻まれたバッターたち。だからこそ、今度カードボックスをめくるとき、
あるいはワックスパックを開封するとき、ぜひあの文字に目を留めてほしい。それは単に「どの守備位置だったか」を示すものではない。
その選手が“何のために生まれてきたのか”を、静かに教えてくれるサインなのだから。